マクドナルド

この間、ふと思ったんですが、

結婚て、私にとってはマクドナルドみたいなものかも…

 

どこにでもあって、みんな食べていて、

メニューによってはそんなに安いとも限らないんだけど、

でもあまりこだわらなければ手に入るし、

やっぱり美味しい。

おしゃれとかダサいとかそういう価値観を超えてる。

 

でも私にとっては美味しいんだけど、カロリーパフォーマンスが悪い。

カロリーの割に満足感が低いんだよね。

 

お腹いっぱいになるかどうかというより、

食を楽しんだ感の割にカロリー高くて、

なんだかちょっともったいない気がしてしまう。

 

毎日マックでいい人もいると思うけど、

私は年に何度かでいいかな。

毎日だと胃もたれするし、飽きるし、たぶん病気になる。

 

例えばパンを全粒粉にしたいなとか、

野菜の量を増やしたいなとか、ソースを無添加にしたいなとか、

サイズを小さくして、3種食べ比べとかあったらいいなとか、

サイドメニューを断然増やすなとか、

そんな自分好みに調整すると、今度はコスパが悪化、

もはや全然手に入らないものになっちゃう。

 

向かないことは分かってるんだから興味がゼロになれればベストなんだけど、

時々食べたくなるのが困りもの。

 

なんか、この感じがすごくしっくりした。

分かる人には分かるが、分からん人には分からんな(笑)

頭を捻った結果

前回書いたことですが、仕事のやり方として、

毎回違う案件に頭を捻りながら、アレンジや改良も加えつつ、一人で動くのが基本的に好きです。

それとニーズを反映させていることは必須です。

 

なので、ありそうでなかったものができあがる。

ありそうなものなので、さして重宝されません。

でも意外と他にはないものなので、ニーズはあります。

 

前の会社でも今の会社でも言われたことですが、

「あなただけでなく、誰にでもできるようにしてほしい」

とよく言われます。

 

がしかし、そこには私が頭を捻った細かいルールがあり、

それをマニュアル化するのが私は苦手です。

そしてまた細か過ぎて、マニュアル化は難しいんじゃないか?という気がする。

 

私自身も直感で動いてるので、決まりを守っている意識もあんまりないし。

さらに言えば、私は指示出しも管理も苦手なので、

人がやった仕事をチェックするとかほぼ無理です。

 

つまり奇跡的にマニュアルができたとして、

引き継いだ人が同じ様にできているかどうかは、

知りません。て、ことになります。

 

それともうひとつ。

心が狭いことなんだけど…

 

社員が作り出したものって、会社に帰属するんですかね。

 

正直なところ、自分が苦労して生み出したノウハウを、

なんで他人に共有しなければならんのか、と思う。

秘伝のタレじゃないけどさ、これは私のもんだというか。

 

それに「誰にでもできる」と言われるとカチンと来るんです。

 

別に私にしかできない、という意味ではない。

私より優秀な人なんていっぱいいるし、

実際問題、私はあまり頭が良くない気がしています。

平均的ではあるけれど、頭が良いわけではないというか。

 

でも能力の問題と、誰にでもできるかどうかは話は別。

うまいラーメン屋はいくらでもあるけど、

ウチの味はウチの味だ!てのが一番近いかな。

 

まぁそんなわけで、一番の理由は、周りに伝える気がないからでしょうね。

昔々は技術を伝えようとしたこともあったけど、

パワハラとか言われたので、もうやりません。

気を使って苦労した挙句に非難されて、馬鹿みたいだ。

 

そんなわけで、ますます共同作業から遠のいてゆく。

社会不適合者だとしみじみ思うけど、

こんな私が生きていける場所を探さねばなりません。

仕事のやり方

仕事に限らずですが、誰しも向き不向きがあります。

 

例えば、指示されたい人と、そうでない人。とか。

マニュアルあり系が好きな人と、そうでない人。

管理されたい人と、そうでない人。

 

これは単純な好みの話ではなくて、

どちらの状況が、より成果を出せるか、という話。

 

前の会社ではよく、経常とスポットという言い方をしたけど、

毎月ルーティンの仕事の方が安心する人と、ルーティン仕事は苦手な人というのが存在する。

 

私はもう全てにおいて圧倒的に後者。

 

単純に決められたことを守るのが苦手なのです。

そういえば昔、結婚の向き不向きは、決まりを守れるかどうかによる、と言った覚えがありますが、

もうとにかくルールが苦手。

 

いや、納得できるルールは全然守るんだけど、

それでも時々ルールを破って、気分を変えたくなる。

一人暮らしはそれが気まぐれにできますが、

誰かと暮らしてたら、やられた方はしんどいよね。

私も他人にそれをやられると立腹してしまう。

 

仕事も同様で、会社の規則とかは常識の範囲内で守りますが、

意味のわからん効率的でない作業上ルールとか見つけると、全然ダメです。

全く守る気になれない。

いわゆる誰が決めたのかわからない、昔からの決まり的な奴ですね。

なので本当に共同作業に向きません。

 

経常作業、つまりルーティン仕事、マニュアル仕事が苦手なのも、似たような理由。

 

そもそもマニュアルを読む気になれない…

 

そんなの知ってる!ってことが書いてあるのがマニュアルなので、

読んでいるうちに飽きてきちゃうのです。

読むことができないという方が正しいかも。

 

飽きるとつまらないミスをするので、

同じ仕事を繰り返すことも苦手。

 

そして、指示や管理が苦手なのも、全部繋がっていて、

指示に納得しないと動けないし、

見張られているとやっぱり動けないので、

苦手です。

 

ついでにする側に回るのも苦手です。

平たくいえば、めんどくさいから。

 

てことで、毎回違う仕事を、あーでもないこーでもないと頭を捻りながら、もくもくと一人でやるのが好きと。

好きというか、それしかできん。と。

 

 

改めて客観的に気付きましたが、

こういう人はまともな就職はムリですね…

 

早期リタイアしてバイトでもと思ってたけど、

できるわけないって気がしてきた…

仕事のストレス

そんなこんなで、隙間の平日も休んでる私ですが、

昨日は職場から連絡が入った。

 

先週の金曜日時点で入ってたらしいんですね、どうやら。

連休明け昨日の朝、一応メールと個人チャットはチェックしたんだけど、

どうやらグループチャットに入ってたらしい。

まったく気づかんかった。

 

気づいたのは午後で、お怒りメッセージがいくつか。

ここで、私は仕事がストレスな要因に気付く。

 

ひとつ目は、計画的でないこと。

先週プレゼンがあって、急にクライアントから追加依頼が来たってことなんですけど、

プレゼンがあると聞いていれば、一応気にします。

なんでその情報を共有しないの?って思う。

 

でもって、急な追加依頼って、予定調整できるよね。

私が休んでることは知ってたわけだし、

スタッフが一人いないので、数日ずらしてくださいと、

言えないもんなんだろうか。

関係値によるけどさ。

 

でもって依頼の内容は、そんなすぐに出せるようなものではなく、

というか漠然とし過ぎてて、目的がよく分からん。

これ、普通に仕事してても回らない気がする。

 

 

ふたつ目。圧力。

休み中の私が連絡しないことにお怒りで、

体制はどうなってるんだと、私の上司に圧力かけてました。

 

そんなに強気に出れるような状況か?というのはさておき、

圧力かけてもなんにもならんと思う。

 

最近メンタリストダイゴのYouTubeで見たのですが、

ストレスを感じるとIQが下がり、当然パフォーマンスが下がるそうです。

 

私も過去の後輩に説教したら、

その後馬鹿みたいになっちゃったのを何度かみてるし、

自分も落ち込むとどうしていいか分からなくなっちゃうので、

体感としてそれは同意。

 

この種の圧力は、この業界はほんとに多いんですが、

あ〜これキライなんだな私。と、しみじみ思った。

 

社会人を長くやってるおかげで、

この感じの交わし方はいくつか覚えたけど、

やっぱり嫌い。小さくストレスは残る。

そして降り積もったストレスが、大きくメンタルにのしかかる。

 

 

3つめ。休み。

 

有休と称してミーティングに出たり、

メールや電話の対応する人、すごく多いんだよねうちの会社…

 

それって休みと呼べるの?休まらなくない?

 

私は休まらないので嫌です。

メールチェックも仕事のうちだと思うし。

別に時給で仕事してるわけじゃないけど、

タダ働き感があってすごく嫌。

 

でもこの考え方が、ワーカーホリックには全然理解されないことも分かってるんですけどね。

 

てことで、仕事のストレスを再認識。

でも休みをとったおかげで、冷静に分析できた気がする。

それともここ数日、ダイゴとひろゆきYouTubeを見まくってるおかげだろうか。

 

さて。どうしようかなぁ。

ゴールデンウィーク

世の中的には終盤のゴールデンウィーク

私的には13日目です(てへ。とごまかす)

 

おかげさまで2週間以上休むことができて、

なんだか頭の中が整理されてきた。

 

あんなに嫌だった会社ですが、会社が悪いわけではなく、

結局のところ、私自身の問題なんだなと思いました。

 

もちろん思うことがないわけじゃないけれど、

完璧な世界なんてないのだから、ある程度飲み込むしか生きる術はない。

清濁併せ呑む歳になった私が飲みくだせないのは、

思い詰めすぎる体質と、マウント取りたがるせいなのかも。

 

昨日、美容院に行き、半年ぶりに髪を切りました。

 

すっかり伸び切った髪をばっさり。

10センチ切りますよ、いいですか?と、

初めて会った美容師さんに何度も何度も聞かれた。

 

美容院はずっと会社の近所で行ってたのですが、

今回自宅近所に初トライ。

初めての美容院て、お互いに緊張するよね。

 

で、お互いにさぐりさぐり会話して、ふと気付いたんですが、

あたしってば偉そう!

 

そんなつもりなかったし、相手は目上の方だったのに、

敬語使いつつ偉そうな自分に驚きました。

 

ふと冷静になってみれば、会社でもそうかもしれない。

丁寧に扱われること、気を使われることがデフォルトになっていて、

そうではない時に、かちんと来ているのかもしれない。

 

でもそれって、めんどくさいというか、

私だってそんな奴と相対するのは嫌だというか、

まぁなんか違うと、そう思ったのでした。

 

話は変わり、私には病身の母がいます。

昨年の秋から病状はまた進行を始めて、

どんどん変わる我が身体に混乱する母。

母に寄り添いながらも、日々のストレスに苛立ちを隠せない父。

 

両親が当てにするのは、独身で長女の私です。

無責任で我儘な私は、既婚で子持ちの妹に愚痴ります。

妹は子育て、パートで忙しい合間を縫って、一生懸命動きます。

 

母のことがあって、家族は一致団結したし、

とはいえもう10年を超え、みんな疲れてきているのも事実。

かなり珍しい病気なので、病院も先行きが読めないらしく、

話すこともあやふや。医学の限界。

 

仕事がなくなってもこのストレスからは逃れられないということ。

であれば、むしろ仕事は息抜きになり得るし、

これまでもそうだったんだということ。

 

2週間の間、毎日、朝起きてお風呂に入り、

出てストレッチ、部屋の片付け、ゴミ捨て。

散歩がてら近所に買い物。戻って家のこと。

 

衣替えやクローゼットの整理、窓拭き、ベランダ掃除。

ナスとシソを植えて、観葉植物の整理。

あちこち掃除することができました。

 

どこにも行けなかったけど、

すごく有意義なお休みだったなとそう思う。

我慢

過去の我慢によって、その後の人格を変わり、

まるで後遺症のように悩まされ続けるのであれば、

我慢て、何のためにするのか?と思う。

 

我慢することが美徳という文化ありますよね。

それはほんとなのかしら。

 

でも一方で、誰もが我慢しなくなったら、世の中は大変なことになるはずで、

必要な我慢と、必要でない我慢が誰にでもあり、

それは各々異なるものだから、常識とか、「普通は」とか、

そういうざっくり価値観で括らない方が良いものの筈。

 

とはいえ例えば今はコロナだし、みんなが我慢を辞めたら、

大変なことになるのでしょうと思う。

政治家のとんちんかんな施策を守って意味あるのか、

それは大いに疑問だけど、それとこれとは別。

 

20代以下をコロナ時代で生きた若者は、

これまでの世代とはまた違ったメンタルを持つのだろうな、

団塊世代とか、バブル世代とか、

時代的背景はパーソナリティに影響を及ぼす。

 

私自身は超氷河期世代

高校生の時は女子大生ブーム、

大学生になれば女子高生ブーム。

社会人になる前にバブル崩壊し、就職は狭き門。

優秀でも努力家でもなかった私は就職できず、

バイトで会社に入った。

でも同級生の殆どがそんな感じでした。

 

愛社精神というものが殆どなく、

スキル思考で、周りと同じことするのが嫌いなこの性格は、

この社会人の入口に起因するところ大な気がする。

 

時代による影響は避けられないから、

例えば求職活動を何度も何度もしたことは、

必要な我慢だったのかなと思う。

 

バイトで入って、同い年の正社員と差別されて、

色々思うことを飲み込んだのも仕方なかったかなと。

でも程度の問題はあるけどね。

 

思えば散々転職を繰り返して来たので(今5社目)

要らぬ我慢をせずに生きてきた側面もたくさんあった。

とも思う。

 

だからやっぱり前職の15年。

あれは我慢しすぎたよな…と思いもするし、

あの15年があったから、今があるのは確か。

 

今の会社に入ったきっかけは、社長のお誘い。

社長と知り合ったのは、暗黒15年の初めの頃。

当時現場リーダーだった社長率いるチームの下っ端で、

言葉通り連日連夜仕事してた。

電車で帰れる日なんてほとんどなかったし、

ゴールデンウィークの深夜に呼び出されたこともある。

当時の私は、二徹(二晩徹夜)くらい平気だった。

 

肉体的負担が精神的負担に転換されたのはいつのことか、

気付けばそんなに忙しいこともなく、

逆にヒマが辛いと思うようになっていて、

いつのまにか後輩の面倒を見るようになり、

高学歴でもなければ就職もまともにできなかった私より、

てんで仕事のどんくさいやつがいっぱいいることに気付いた頃は、

もう会社での立場にあぐらをかいていたような気がする。

 

その時はするべき我慢をしてなかった気がしてきた…

てことはその後巡ってくる大量の我慢は、

その前の時期にしなかった分てこと?

すべき我慢の量ってもしかして決まってる?

 

そうなのかしら。

いや、違う気がする。

 

過去

昔の夢をよく見ます。

 

昔のままであることは少なくて、

かつての空気感をまとった現在の自分だったりとか、

いつかと同じことをしてる現在の自分、

その時の失敗を繰り返すまいと試行錯誤してる現在の自分。

 

過去から学び、今に活かそうとしていることと、

昔の亡霊に付き纏われたままの自分がよく分かる。

 

今の私の人格は、元々の性格や子どもの頃の教育だけじゃなく、

大人になってからの経験によるところも多いだろうから、

あの頃のあれこれが今のなんだかんだを作ってるってことなんでしょうね。

 

そう思うと30代はロクな思いしてなかったな(笑)

 

スリランカで占いをしてもらったときに、

あなたの人生は40代から始まるって言われて、

そうかなぁ?と思った覚えがありますが、

ほんとにそうだなと思う。

 

というか、10-20代も楽しかったし、40代もまぁまぁですが、30代はしんどいことが多かった…

今もあれこれ不満抱えてますが(笑)

30代に比べたら遥かにマシだし、よく我慢してるなと、

そう思いもする。

 

職場のフランス人女子に振り回されてウンザリすることが多いのですが、

彼女自身もきっと辛いことが多く、必死で虚勢を張っているのだろうけれど、

自分からトラブルを巻き起こしているから自業自得…

に見える。

かつての私もそうだったんだろうか。

 

時間は戻せないし、自分の人生で今日が一番若い!

ってことで、その時に起きたことを後悔してはいないし、

かつての知り合いに対して思うことも特になく、

再会する機会があれば、懐かしいですねと自然に笑顔になれますが、

確かに、忘れてしまうのではなく、経験として生かしていきたいなと、

無意識の自分からのメッセージをしかと受け止めたいと、

そう思います。

 

生かせること。何かなぁ。

 

例えばあの頃は沈黙を強いられることがよくあった。

いわゆる忖度ですよね、男社会で縦社会だったし、

余計なことを言うなという圧がすごかった。

 

言えないから考えないようにして、

そのうち自分の気持ちがよく分からなくなって、

周りの顔色を伺い、オドオドしていた時期がある。

そのオドオドストレスは降り積もって、自分の下へと向かう。

負の連鎖。

 

今だに、自分の気持ちが分からない後遺症は残っている気がします。

そして、空気読まずに落とし所を考えずにものを言う人に、

イラッとしつつ、押し殺すクセがついた。

 

これ、直したいな。

自分の気持ちを大切にできるようになりたい。

そのためには必要以上に気を使いすぎないこと。

頭でばかり考えず、感覚を大事にすること。

 

コレなんだよなぁ。