外食

ひとり暮らしを始めてから10年ぐらい前までずーっと、

朝なし、昼外食、夜コンビニまたは外食生活。

 

でもコンビニ飯が続くと体調を崩しやすいことに気付いて、

夜はできるだけ自炊を始めた。

それが10年くらい前。

 

お昼ごはんをお弁当に変えたのが、6年ぐらい前。

お弁当は粗食だったけど、冷食を使わず、

買ってきたものをそのまま入れることはせず、

卵焼きと、自家製ぬか漬けと、もう一品て感じで、

作るのも食べるのも至福なささやかな趣味で。

 

そしてコロナ禍に入り、今に至るまで自炊生活。

外食はランチと、夕食を、それぞれ月に1回くらいする程度。

そんな生活の中、薄々気付いていたことだけれど、先日決定的に衝撃を受けた。

 

わたし、外食が苦手になってしまった!

 

実は最初に感じたのはコロナ前だった。

真夏に有名なつけ麺屋でお昼を食べて、その後体調が悪くなった。

真夏は暑いのもあるけど、冷房との寒暖差があるので、

大汗かいた後に冷房を浴びると、体の芯から冷えてしまう。

だからまぁそのせいかな?と思うようにしていた。

その後、1週間海外旅行したときも同じようなことが起きたけど、

まぁ夏のせいかな?と。

 

それから半年くらい経って、

これまた有名な魚料理屋だぶり大根定食を食べた。

美味しかった。でも思いの外砂糖を感じた。

煮汁には相当な量の砂糖が入っていたと思う。

伝統的な和食なら当然の量。

これが堪えた。くらくらしちゃった。

 

そして今から半年くらい前。

やっぱり有名なつけ麺屋でランチして、まず食べきれなかった。

そして冬だったけど、だるくなってしまった。

 

で、先日。誰もが知る有名チェーンのうどん屋さんで、

かけうどんを食べて、食べた後に動悸がした。

 

でも、最初に異常を感じたつけ麺屋から、先日行ったうどん屋に至る間に、

50-60回は外食をしているはずで、

体調が悪くなったのは5〜6軒程度。約1割。

なんとなく苦手なものは分かっている。

 

まず白砂糖。これはほんとにだめ。

だからスイーツ食べる時は警戒。

そして昔ながらの和食に大量の砂糖が入ることはこの時に気付いた。

ちなみに実家は、母が万年ダイエッターだったおかげで、

なにもかも砂糖はほとんど入らず。

 

それから自炊=玄米なもので、白米も大量にはだめみたい。

とは言え定食に小さめのお茶碗で付く程度の白米は平気だし、

寿司飯も平気なので、これは別にそんなに害はなし。

 

そして先日のうどん屋

初の経験だったけど、たぶん品質の低い小麦のような気がする。

 

パンやパスタを食べることはあるし、

うどんの外食はあまりしてなかったけど、

蕎麦やラーメンは何度かランチして、別に平気だったので、

たぶん小麦は品質に左右されるのかな。

 

チェーン店のうどん。昔はよく行った店なんだけど、

まず、信じられないくらい不味かった。

太くてコシがあるようで少し柔らかいうどん。

もそもそして食感が苦手。量が多い。

味が変わったのか、味覚が変わったのか。

 

それから2度負けたつけ麺屋。

それぞれ違う店だけど、たぶん共通してるのは、

化学調味料が強いこと。

それとここも小麦粉がもしかすると低品質だったのかな。

 

てことで外食は店を選ぶことに気付いた。

なんか感じ悪い発言ぽいけど(笑)、仕方ないよなぁ。

とりあえず安いチェーン店はNGだな。

あと、新しめの中華やイタリアンも。

昔ながらの和食は、煮物はパスだな〜

creepy nuts

2020年コロナ襲来

突然出社がなくなって、そのタイミングで風邪を引き、

ほとんど1ヶ月家に引きこもっていたら、身体のあちこちがおかしくなって、

散歩が日課になった。

 

とはいえ、一人で黙々と1時間弱歩くというのは退屈。

初めは近所の通ったことのない道を歩いて発見もあるけれど、

毎日歩いてるうちに見慣れた景色になって、

だんだん歩くのが苦痛になってくる。

 

出社がない分ヒマな時間も増えて、

テレビ、ラジオ、YouTubeSpotify等々無料エンタメに増えるようになって、

どこで触れたのやら始まりは覚えてないけど、

ぐっさり刺さったのがCreepy Nuts

 

どの曲も今っぽくてカッコよかったけど、

かつて天才だった俺たちへの歌詞はグサグサ刺さった。

 

その頃、母の体調はどんどん悪化していて、

週に何度か母の家へ通うようになった。

会ってもどうしても会話が暗いものになりがちで、

そこでヤケクソのように勧めてみたのがSpotify

何を聞いたらいいのか分からないというから、

Creepy Nutsをかけっぱなしにしていたら、

意外に母が気に入った。

 

この人たちは爽やかね。

そういう母のリアクションは正直よくわからなかったけど、

Creepy Nutsをかけながら古いマンションでお茶を飲む時間は悪いものじゃなかったな。

 

ラジオをやっていることを知って、オールナイトニッポンを聴くようになって、

それからオードリーや、三四郎や、佐久間さんのラジオも聴くようになって、

たりない二人を知って、山ちゃんのラジオも聴いたり、

初めて配信チケットを買って、家でひとり踊ってみたり。

 

世界がどうなるのやら、この先の自分はどうなるのやら、

その後に悲しい別れがいくつかあることも知らず、

ただできることを積み重ねる生活が始まっていくわけだけど、

ずーっとCreepy Nutsが側にあった気がする。

 

ラジオが終わってしまって、しみじみ淋しいなあと思い、

たが、情熱はあるを見て、Creepy Nutsのルーツを垣間見た。

かが屋のお二人がすごくて感動しました。

 

R指定の歌詞は言葉が多いよね。

単純に棒読みしたところで、全然口が回らない。

そしてリズムが変というか、難しいというか、

おまけに音程も変わってる。

何回か練習したけど、全然歌えなくて、カラオケは諦めました。

 

わたしにとってCreepy Nutsはコロナ以後の生活を支えてくれる大事なアーティスト。

音楽だけとかそんな高尚なこと言わないで、

もっと庶民の味方でいてほしいなぁ。

コロナ

初めてかどうか分からないけど、コロナになりました。

分からないというのは、無症状で感染してる可能性もあるしな、ということで、

症状が出て、検査で陽性になったのは初めて。

 

正直、熱はよく出すので、8度を超えても、

あれ〜調子悪いのかなぐらいに思っていたんだけれど、

9度を超えて、全然眠れないあたりから、これはいつもと違うなと…

 

それでも病院にも行かずがんばっていたけれど(何のために?)

9度から一向に下がらず、おまけに耳が痛くなり始めたあたりでギブアップ。

深夜にキャビネットの引き出しをあさって、昔もらったカロナールを飲む。

 

そこから30時間経った今、感じることをいくつか。

 

まず8度くらいなら慣れてるので、いつもなら日常生活はなんとかこなせるんですが、

いつもより全然しんどい。身体が動かない。

そして9度を超えてしまうと、眠れないし、身体中痛いしで、泣けて来ちゃう。

鎮痛剤なんて人生でほとんど飲んだことなかったなのに、

今回らなしでは耐えられなかった。

 

当然、何も食べられなくて、2日で2キロ減った。

たった2日でそんなに減るって、いつもどんだけ食べてんのよと思ったけれど、

全身がウイルスと闘ってる感はずーっとあるので、

エネルギーは消費してるんじゃなかろか、という気がする。

 

嗅覚はなくなりました。

でも鼻がめっちゃ詰まってるので、そのせいなのかも。

 

味覚はある。

というか、味を感じるものと、感じないものがある。

 

まず塩分はめちゃくちゃ感じる。

しょっぱいものがしんどい。だけでなく喉が痛くなって咳が止まらなくなりました。

 

塩も入れずに、肉と野菜を水で煮ただけのスープは、

ちゃんと素材の味がした。

美味しいとは言えないけれど、身体に染み込む感じ。

作るのが面倒で買ったおにぎりなんかは、とにかく味が濃い。しょっぱい。

 

解熱剤を飲んでも8度までしか下がらず、

犬猫の世話と、最低限の家事をするだけでぐったり。

音も光も嫌で、カーテン閉めた部屋でうとうとしていると、

何だか身体をリセットされてるみたいだなと思う。

 

身体も味覚もリセット。

結果的にファスティングして、日頃摂りすぎの塩分を特に拒絶。

化学調味料よりも素材の味に栄養を感じて、とにかくひたすら果物が美味しい。

 

よくテレビドラマとかで、お見舞いのシーンに果物バスケットとか持ってくけど、

あれって正解なんだなぁ。

身体弱ってる時は果物が美味しい。

冷たいし、喉越しいいし、水分取れるし、身体に染み込むし。

 

でもこれって、軽症なのでしょうね。

重症の人はどんななんだろう。しんど。

主婦

フルタイムで働くと家事をする時間がない。

それでも世の中の多くの人は、それなりに掃除された家に住み、洗濯された服を着て、誰かの手料理を食べて生きているというイメージがある。

なぜそれが成り立つかといえば、多くの家には主婦と呼ばれる家事担当がいるからだと思う。

 

最近、女性格差が問題になり始めて、

例えば管理職の女性シェアだったりとか、給与格差だったりとか、そんな問題点がある。

 

もちろん給与格差はないにこしたことないし、

産休取った女性が気持ちよく復帰できる社会であれと思うし、

子どもを預けられる場所が増えて、働きたいと思うママさんたちが頑張れる世の中になることは全く賛成だけれど、

お給料がしっかりもらえて、子どもを預けることができたとて、

7時間働いて、子育てや家事をワンオペするのはどれだけ大変だろうか…とも思う。

 

じゃ、夫婦で分担して、全く負担を半分ずつに奇跡的にできたとして、

それでもやっぱり、忙しい日々なのだろうな。

小さなお子さんのいる女性が大変なことは会社側も察するけど、

小さなお子さんのいる男性に対する配慮というのはほとんど存在していないから、

男性側も体力的にだけでなく、精神的にしんどいことだろうと思う。

 

どこかに出勤して7時間働くという文化っていつ産まれたんだろう。

江戸時代は違うよね、そのまま明治になっても企業ってそんなに多くなったイメージないけど、

やっぱり戦後のアメリカの影響かしら。

 

いずれにしてもその頃の女性というのは、

親に従い夫に従い子に従いの世界が成立してたから、

だから男は朝家を出て、夜遅く帰ってきても快適な家があって、

それは当時言われるがままに働き詰めの妻と、同居している老いた両親がいたから成り立ったのではないかしら。

 

その後、女性が働く文化も生まれてきたけれど、

核家族がトレンドになったら、家事&子育てのために、

寿退社という胡散臭い言葉で、再度女性の居場所は家庭になった。

 

そしてまた最近では、夫婦でシェアしましょうがトレンドで、

女性だけじゃなくなったとはいえ、傷みを分つのは庶民。

企業も国も、そのための協力はなにもしないのね。

 

勤務場所をリモートにするとか。

勤務時間を短くするとか、休日を増やすとか、

どんな形が生活の助けになるかは人それぞれだと思うけれど、

そういう仕事スタイルを自分で選べるようにしてくれたらいいのに。

 

そしてまたどうして正社員はフルタイムじゃなくちゃいけないのかしら。

もちろん産休明けなどで、時短の方はいるけれどそれと期間限定。

お給料少なくてもいいから、緩い働き方をしたい人っていると思うんだよな。

介護だったり、病気だったり、いろんな事情がみんなある。

 

海外だとお昼休みが2時間くらいあって、自宅に戻って家の用事をする国なんかもあったりするし、

週休3日が当たり前の国とか、勤務時間が短い国とかたくさんある。

働き方改革とか、ワークライフバランスとか、言葉だけで満足しないで、

思い切った改革がもっと進むといいのにと思う今日この頃。

家事

掃除が苦手です。

 

思えば、子どもの頃机の上はめちゃくちゃだったし、

自分の部屋を与えられてからも、足の踏み場もなかった。

一人暮らしを始めてからははっきりと汚部屋でした。

 

今の家に引っ越す時に、荷物を半分くらい断捨離して、

部屋の広さは2倍になった。

おかげで、ほとんどのものをクローゼットに収めることができて、

いわゆるモノの住所というものがハッキリした。

 

それから8年、少しずつモノは増えつつるけれど、

まだなんとか、それぞれの場所に収まっている。

ものすごく嫌いだった掃除機も、ダイソンに変えてからかけるようになった。

 

そんなわけで、今、日々のルーティンは、

朝起きて、換気。犬の散歩。

戻って、猫と犬にごはん。

犬トイレ、猫トイレのシートの交換。犬サークルが汚れていれば、掃除。

家中に置かれた水飲み場、計5ヶ所の水の交換。

キッチンで、前の晩の洗い物、シンクの掃除。

ゴミをまとめて、ざっと家中に掃除機をかける。

 

これに夕食の自炊が毎日のルーティン。

朝昼兼用のごはんは、適当にすます。

 

この他に、週イチ以上で、洗濯、トイレ掃除、部屋の角っこの掃除機、犬猫トイレ丸洗い、観葉植物に水やり、お風呂掃除、洗面所の掃除、ガスレンジ、グリル、排水口、掃除機フィルター、鍋磨き、キッチン各所、

月に、カーテン、窓、網戸、玄関なんかを掃除することにして、

覚えられないのでアプリ管理することにした。

 

掃除は、平日は仕事の空き時間とか、ちょっと息抜きの時なんかに、タスクをひとつこなす。

土日は昼間の空き時間に、時間がかかるものを中心にする。

 

真面目にやってみると、片付いてはいるものの、なんとなーく薄汚れていた家が、

辺りを見回してもホコリが目に入るようなことがなくなってきた。

 

なくなってきたんだけど、それなりに忙しい。

やっぱり時間取られるんだよな〜

しみじみ家事ってのは大変な仕事だなと思う。

 

コロナが落ち着いて、世の中出社しましょうみたいな雰囲気になって思うことは、

家事はいつやったらいいのよ、ってことだ。

 

勤務時間7時間にプラスして、往復2時間。準備に1時間。

計10時間を毎日取られると、残りは14時間。

睡眠時間を寝付きの時間も入れて8時間、お風呂が2時間、食事2回で支度も入れて3時間。

犬の散歩が朝晩合わせて1時間半。

足りない。

 

上述の家事は、どんなに急いでも全部で2時間はかかる。できれば3時間はほしい。

出勤になった場合、選択肢としては、

睡眠時間、お風呂、食事、家事のどれかの時間を削ることになる。

 

若い頃は全部削って、残業までしてた。

でもこの歳になってしまうと、汚い家に住むとか、

お風呂にゆっくり入らないとか、食事をコンビニで済ますとか、

睡眠不足で日々を過ごすことは、どれも考えられない。

 

人間らしく過ごすためには時間が足りないなぁ。

将来のこと

イギリス留学中、一人だけアパートを借りてる子がいて、

その子の家に溜まってダラダラとおしゃべりをしていた。

その時に、生まれ変わるなら男がいいか、女がいいか?という話が出て、

ある日本人の男の子は、絶対に男だと言い切った。

 

わたしは女がいいと思ってたからびっくりした。

どうして?と聞くと、

だって、女って大変じゃん。不便だし。

今思えば、彼は格差のことを言っていたのだと思う。

 

日本のジェンダー指数は、世界でも指折りに低いけど、

問題は、日本人がそのことを自覚してないことらしい。

当時の私も、男女差別なんて親世代の話で、自分には全く関係ないと思っていた。

 

次々に友だちが結婚をし始めて、

お祝いするやら、寂しいやら、つまんないやら、そんな話をしていたら、

一人の子に言われた。

そろそろ彼にお任せしたら?

 

それは「働くことを」意味していたと、だいぶ経ってから気がついた。

当時は同棲していて、家事の比率はわたしが6割くらい、

お金は出してもらうことが多かったりしていたけれど、

養ってもらうと言う発想はまるでなく、

仕事に邁進するうちに、ケンカが絶えなくなって、

わたしは一人暮らしを始めた。

 

見事なブラック会社で、始発から終電まで仕事して、週末は会社に泊まり込むような生活。

たまに空き時間があると、会社の仲間と飲みに行ったとき、

同僚の男の子が言った。

僕らは一生働き続けなきゃならないけど、あなたたちは期間限定でしょ。

 

その時も全然ぴんとこなくて、どういうこと?と返すと、

だって女の人は家庭に入るでしょ、と。

 

その時はもう30に近かった気がするけれど、

家庭に入るという発想はまるでなかった。

結婚に興味もなかったし、子育てなんて違う世界の言葉だと思ってた。

 

社会に出てからは仕事がおもしろくて、

仕事に飽き始めた頃には小金が持てていたから、趣味生活に没頭して、

いつの時も現在を愉しんで、将来のことなんて考えたことなかったなぁ。

 

とすると、今が初めてなのかもしれない。

 

でもまた、先のことばかりを考えて、今を楽しむことのできない生き物は人間だけど、

ディスイメージで語られることもある。

確かに動物たちは今を力いっぱい生きている。

過ぎたことは、愛する人との別れでさえ、藪の中だ。

 

自分を突き動かす衝動があるうちは、本能に従ってもいいのかもしれないね。

何をしたらいいのか分からなくなってきたら、

未来日記を描くときなのかも。

自分の年表

「だが、情熱はある」というドラマに触発され、

オードリー若林さんの「社会人大学人見知り学部卒業見込み」という本を読んでみたところ、

夢日記というくだりが出てきた。

 

どうにも売れなかった当時ナイスミドルの若林さんは、

テレビで見かけたどこかの社長の意見に触発され、

何十年後かの目標たる自分を描いて、

そこから遡って、現在の自分に繋がるところまで予定を立てて行くというもの。

 

そういうの夢日記って言うんだっけ、

夢日記って、夢をメモしていくんじゃなかったっけ。

そう思いつつ、わたしもやって見ようと思い立ち、

あーでもないこーでもないと考えてるうちに、

そもそもこれまでの年表を書き出して、

頭を整理しようというところまできた。

 

詳細を省くとこんな感じ

22 大学卒業

23 イギリス留学

24 同棲

25 就職

26 一人暮らしスタート

28 転職

37 薬膳の資格を取る

38 休職

40 マンション購入

41 猫を飼う

43 転職

45 コロナ禍

46 母介護

47 犬を飼う

 

イギリス留学と書くと大そうだけれど、

超氷河期で就職できなかったため、アルバイトで仕事して、

仕事がつまらなかったので、溜めた貯金を持って、

イギリスで語学学校通ったり、バックパッカーしてた。

というだけの話。

 

わたしにとっては充分なチャレンジだったけど、

英語は相変わらず話せないし、半年くらいで帰ったきちゃったし、

そんなに素晴らしい経歴ではない。

 

でも20代は、自分なりにいろんなことに挑戦して、

実家を出たり、きちんと社会人として働き始めたり、

前へ進んでいたなと思う。

 

40代になってからも、マンション購入に始まって、

念願だったペットとか、この歳になってからの転職とか、

両親のことも含め、いろいろ頑張っていたなぁと思う。

 

それに引き換え30代って何してたんだっけ…?

 

散々演劇を観た。毎週末、何かしら舞台を見てた。

大人計画、新感線、ナイロン100℃阿佐ヶ谷スパイダース、野田地図…

本多劇場世田谷パブリックシアター、青山劇場、PARCO、シアターコクーンに行きまくっていた。

 

そしてまた、旅行も散々した。一人旅だ。

北海道、青森、秋田、石川、京都、滋賀、大阪、兵庫、島根、沖縄、広島、鹿児島、愛媛、徳島、岐阜、静岡、群馬、高知、福岡。

タイ、ベトナムラオスカンボジア、マレーシア、台湾、インド、スリランカポルトガルクロアチアスロヴェニアノルウェーニュージーランドデンマーク、オランダ、フランス、イタリア、イギリス、ベルギー、ドイツ、チェコ、スイス、バルカン、ルクセンブルクチュニジア、トルコ、マルタ、キプロス

 

趣味に生きてた30代。

こうして書き出してみると結構がんばってるなぁ。

仕事だってずっと一生懸命やってたんだものね。

 

そんなわけで、これからの予定を考えよう。